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「これからも応援よろしくお願いします、とは絶対に言わない。」

イチローが昨日の記者会見で、そんなことを言った。そして「応援していただけるような選手であるために、やらなければならないことを続けていくと約束する」続けたらしい。

イチローの発言自体は、全体に肩に力が入ったところもあり、この言葉も受け止め方は様々だと思う。ただ僕も「応援よろしくお願いします」には違和感を感じていて、あらためてその感覚を考える機会にはなった。

そもそも、選手と観客の関係を考えると、応援というのは「期待」を形にしたものだ。そして、選手は期待に応えることで、関係が持続する。で、期待に対しては、選手から観客へは勝利や美技と言った喜びが「贈与」される。また、この喜びは、何人で分け合っても分け前が減るものではない。だからこそ、スポーツは多くのファンを魅了してきた。

ところがいつ頃からか、選手はファンに応援を「依願」することになった。そうなると、今度は観客から選手に応援が「贈与」されるという関係になっている。

なんでだろうな~と思った時に、ふと気づいたのは「感動をありがとう」という言い回しだ。 >> イチローの発言で改めて考えた「応援よろしく」の件。の続きを読む



パワポ、つまりパワーポイントをやたら使うことの弊害って、みんな何となくわかりつつ、何となく使ってるという感じなのかもしれない。

別にMACだし、パワポじゃないよ、という話ではなく、広く「スライド」を使うことの問題点と考えてもらえばいい。僕自身、最初に使ったスライドのソフトはマックの「クラリス・インパクト」だった。当時の職場はマックが標準だったのだ。

90年代後半から、「スライドをつくってプレゼンテーション」というのが、ビジネスでも学校でも普通になってきた。僕も普通に使っていたのだけど、見直したきっかけは大学の講義だった。

パワーポイントを使って、要点を説明し、適宜データを紹介していたのだけど、最近、これをやめるようした。もともとは、就活で出席できない学生のためにスライドのpdfをオンラインで配布していたのだけれど、自分で話していて、いまひとつ広がりがない。

で、手元にメモだけおいて、ひたすら板書していくことにした。

これが、結構いい。というか、学生の集中度が上がっている。板書して話していると、何となく話が逸れるんだけど、その辺が意外と面白い話のようで、わざわざ講義の後に質問してきたりする。

しかし、あのパワポ、というかスライド文化は結局何が問題なんだろう? >> パワポって、結局何が問題なんだろう?と改めて考える。の続きを読む



「世の中を変える」という人は多いが、「変えたくない」という人は多くない。

というのは、あくまでもメディアの景色のお話なので、現状に満足している人が多いとしても、彼らは「このままにしよう」とは大声では言わない。

一方で、若くして「世の中を変えたい」と行動すれば、それは注目されることも多いわけだが、そうした人の得意技が「子供に成りすますこと」だったりするというのも、まあ驚くといえば驚くが、その知恵も小学生水準だとすれば、別にどうでもいい感じになってくる。

この手の騒動を見ていつも思うのは、宗教改革の話だ。唐突かもしれないけれど、結構シンプルに深い。

ルターの宗教改革記念日は10月31日。考えてみればハロウィーンと同じ日だが、日本ではあまり知られてない。まあ、そうだろう。

もう20年ほど前だが、この日の前後の教会の礼拝に行ったプロテスタントの教会でこのことを知った。その時に「現代において、プロテスタントの存在意義とは」という話になった。

プロテスタント(protest=抗議する)という名前は、カトリックの堕落に対しての抗議である。その後、両者の対立は多くの政争、戦争につながるが現時点ではそれぞれの存在を承認している。

では、この現代において抗議し続けることに意味があるのか?この答は、ハッとするほどシンプルだったわけだけど、こういう話だった。 >> 世の中を変えたい、と言うのなら。の続きを読む



江原引越し

3月に実家を畳んでもう半年が過ぎた。先月は父が他界して3年。否応でも時の流れを実感する。

母が越した後は、すぐに更地になり、分譲住宅が建設されているようだ。いちど更地を見たが、あの不思議な気持ちを多くの人が味わってきたのだなぁと改めて思う。感慨、といえばそれまでだけれど、なかなか文章にはなりにくい。

既に、グーグルのストリートビューでは工事中になっているので、この半年以内に撮影が行われたようだ。

というようなことを妹と話していたら、グーグルマップの航空写真がすごい!という。

なんと、いまの写真は最後の引越しの日だというのだ。

なぜ、分かったのか?それはけっこう単純だ。家の前にトラックが3台止まっている。廃棄物も相当あったので、大仰になってしまったが、そんな日はあの1日しかないのだ。

つまり、母が実家にいた最後の日。家を畳んだ日なのである。

グーグルの航空写真が、偶然にも記念の日だった。いずれこの写真も更新されるのだろう。だから、見られるのは短い間だ。でも、どこか祝福されている気もするのだ。

グーグルの航空写真の更新日は気になる人も多いようだけど、実はこんなこともあったりするのだなあ。



去る日曜日(10/19)のNHKスぺシャル「カラーでよみがえる東京~不死鳥都市の100年」は、色の威力をしみじみ感じた。75分と言わず、もっといろいろ見せてもらえればと思ったけど、まあ編集も大変だろうし、また次のお楽しみということなんだろう。

で、内容は面白かったんだけど、どうしても気になることがあって、それは「言葉づかい」だった。というか、単純に「ど真ん中」という表現がやっぱり東京には似合わないと思うのだ。

この番組では「東京のど真ん中」「銀座のど真ん中」と2回「ど真ん中」が使われている。別に普段はこの言葉はそうそう気にならないのだけれど、今回は強い違和感を持った。

個人的な感覚だと、ここでは「東京のまん真ん中」の方が、スッと来る。

そもそも、接頭に「ど」をつけるのは関西の言い回しだろう。丸谷才一は、この表現が広まったのは野球中継の「ど真ん中」が影響していたのではないかと推測していた。これは、野球関係者に関西人が多いからではないか?と書いていたのだけれど、正しいと思う。

なぜか、野球選手は関西弁になり、それがまたエセ関西弁になったりすることは玉木正之も指摘していた。 >> Nスぺの「ど真ん中」が気になるんだけど。の続きを読む