田園都市線が、いろいろと大変なようだ。たまたま昨日は昼前に乗る必要があるあったのだが、まだダイヤが乱れていて車内アナウンスは謝りっぱなしだ。まあ、謝られても仕方ないけど、都営地下鉄みたいに「録音で謝る」よりはいいんだろうか。

ただ、田園都市線はトラブルが頻発しているようだ。昨日来、施設の老朽化や人材難などを指摘する記事が出てきたけど、構造的な問題なんだろうなと思う。

以前、外国人を連れてきて「日本すごい~」と言わせる番組をたまたま見たら、田園都市線の保守作業が取材されていたけど、いや、もしかしたら別の意味ですごいのか。いずれにしても、メディアが「日本ボケ」している間に、いろいろなことが起きているんだろう。

それにしても、東急のブランド力はいろいろと微妙だ。最も強固なのは顧客基盤で、東横線と田園都市線を中心にした城南から神奈川エリアは、人気エリアで所得も高い。

そして、知らない間に「目蒲線」はなくなった。蒲田は排除されて、目黒線と多摩川線だ。再開発の渋谷から、地下化した後の代官山へのエリアも注目されている。

そういう意味で、「いわゆるブランド戦略」は達者に見えるんだけど、地下化した後の東横線渋谷駅を「いい」と言った人に会ったことがない。

今回の件もそうだけれど、「鉄道をきちんと走らせてストレスなく移動する」という機能が不十分ということなんだろう。 >> 岐路に立つ「東急」ブランド。の続きを読む



高校野球には殆ど関心がない。ずっと前からそうだ。特に理由はなく、毛嫌いしているわけではない。自分がいた高校に硬式野球部がなかったこともあるんだろうか。

まあ、そういう僕が知っている高校野球の話題というのは、相当凄い話なんだろう。早実の清宮選手の話題はその一つで、明日記者会見をして進路を表明する、という話なんかをさっき知った。

そして、ずっと気になっているのが彼の本塁打記録に関する表記だ。いつの間にか「高校野球史上最多とされる通算本塁打」という言い回しだ。

ううむ、なんかムズムズする。この違和感の正体は「とされる」だ。

「最多本塁打」ではなく「最多とされる本塁打」というのは、なんなのかというと、どうやら公式の記録があるわけでないことが理由のようだ。

これはネットで調べると同じようなことが書いてあるが、主催者の朝日新聞のサイトにもこう書かれている。

「高校生の通算本塁打数とは、公式戦と練習試合を合わせた本数になっている。チームのスコアブックで確認できる場合もあれば、記者の取材に選手自身が答えたものもあり、各都道府県の高校野球連盟が把握する公式の記録ではない。」

だから「とされる」が定着したんだろう。いつからかはわからない。ただ、いろいろな事情があって気がついたらこうなっていた。普通に「通算本塁打記録」と書けば、いろいろな意見が出てくることは想像できる。 >> 「高校野球史上最多とされる」に、ムズムズするんだけど。の続きを読む



「人づくり革命」が不評らしい。

日本人の中には「ものづくり」ということをありがたがる人は多いけど、だからこそ「人づくり」って何なのか。

しかも、そこに「革命」がつく。じゃあ、英語ではどうなるのか。やっぱりrevolutionとか言うのか。いや、それで大丈夫か。

といろいろ思って、首相官邸のウェブサイトを見た。英語版にして、Toshimitsu MOTEGIを探すとこう書いてある。
Minister for Human Resources Development

なんだ、これ。HRDか。「人的資源開発担当」って、まあ「人材開発担当」だ。なんか、コーポレート部門役員の管掌の話みたいじゃないか。

なんか、拍子抜けだ。じゃあ、なんで「ひとづくり革命」とかにしたのか。もう、それはセンスなんだろう。

ちなみに「一億総活躍」は、英語ではどうか?

Minister for Promoting Dynamic Engagement of All Citizens

おお、Dynamic Engagement!なんかすごいけど、立派過ぎて今度は日本語にしにくい。調べてみたら、記事にもなっていた。
『これを日本語に直訳すれば「全ての国民の精力的な参画の促進を担当する閣僚」になる。外国人には日本の人口規模が伝わりにくいため、英語表記では「一億人」を省いた。』

そりゃ、そうだろうな。この英語を決めるための会議とか、そのままコントになるんじゃないか。とりあえず、案の中にはhundred millionとか入っていて、それにactivityをくっつけようとすると、「それはちょっとなぁ」と上司が首を捻る。

やがてengagementとか探してくる人がいたんだろうか。ただengagementってどう捉えられるのか。それはそれで、気になる。

「地方創生」「一億総活躍」と来て。「人づくり革命」という“目玉政策”だが、筋としては正しいと思っている。人口減少の未来では、一人ひとりの「価値」が大切になっていく。

それは、わかる。

ただし、何とも伝わってこない。わかりやすくしようとしたのか、インパクトを重視したいのか。

ちなみに、英語表記のdevelopmentを日本語にするとどうなるか?career developmentなどは「キャリア開発」を連想することが多いと思うが、「キャリア発達」という訳語を当てる人もいる。

組織から見れば「開発」でも、人から見れば「発達」というわけだ。このあたり訳語一つとっても、「人材」というのはいろいろ興味深い世界なんだけど、相手は「人」だ。

で、developmentは、どう訳しても「革命」じゃないよな。



金曜日の昼頃、とある店でランチを待っていると近所の会社員のグループが入ってきた。

その少し前にニュースで伝えられた、とある人の訃報が話題だった。長く闘病生活を続けていたこともあり、話題になること自体は普通の流れなのだろう。

比較的大きな声で話しているのか、その声が聞こえてきた。

若くして亡くなったその方、あるいは残された家族への「お悔み」のような会話もそこそこに、年配の男性が自らの家族の経験について話し始めた。送ってから時間が経つのか、屈託なくその頃のことを語っている。「転移」とか「結局は」とかそんな言葉が耳に入る。

程なくして、一緒にいた人もいろいろと話していた。

人の訃報を語る、というのは結構難儀なものだなと思った。

どうやら、彼らの身近な人の中で、いま現在患っている人はいないようだ。しかし、もしその周辺にそうした人がいたらどう感じるのだろうか。やはり、病にまつわる話はもう少しひっそりと話した方がいいのかもしれない。

実は、そういう思いをしたことがある。数年前、父が他界してようやく落ち着いた頃のことだ。とある店で食事をしたのだが、隣に医療関係の仕事をしている女性ばかりのグループがいた。
>> 人の訃報を、語るということ。の続きを読む



「食べログレビュアー」という人がいるようで、そういう人のプチ・スキャンダルが話題になっていた。どんな領域でも、頑張ればそれなりの評価を得られて、チヤホヤされて、きっちりと落とし穴がある。素晴らしい自由主義!

どこか、気になる店があって情報を知りたくて検索するとたいてい「食べログ」が上位に出てくるが、できるだけクリックしない。あのサイトのレビューの文章を読みたくないからだ。

そこには、「できれば文化人になりたい」ような人のこじれた承認欲求が漂って、どこか物欲しげだ。いや、「物が欲しい」というより、「認めて欲しい」ということかと思っていたんだけど、まさか本当にモノをもらっていたそうだから、なにか哀しい。

以前も書いたけど、どうもあのようなレビューの文章には哀愁が漂っている。

そもそも、「食の批評」のカテゴリーは成り立つのか。アートや音楽、あるいは文学のようなものと、「食」は異なる。そもそも、食がなくては生きて行けず、あるいはその糧を手に入れることができない人は、世界にたくさんいる。

そういう中で、食を評することにはちょっとした後ろめたさがあってもいいのではないか。だから、多くの作家が食について書いても、彼らはそれを日記のような体裁にする。食のみをああだこうだと書くことは、どうしてもさもしくなるからだろう。 >> 食べログと「味覚成金」。の続きを読む