【歳末本祭り】「役に立たない」から小説は面白い。『太宰治の辞書』
(2015年12月28日)

カテゴリ:読んでみた

51BEufQk+1L._SX342_BO1,204,203,200_【読んだ本】北村薫 『太宰治の辞書』(新潮社)

久しぶりに北村薫を読んだ。小説として、とりわけミステリーとして期待をするとちょっと肩透かしかもしれない。また日本の近代文学に関心がない人にとっては、面白味は感じられないだろう。

ただ、太宰や芥川の小説を読んだことがあって、そういうのもいいよなという人にとっては、なかなかいいんじゃないだろうか。

そして、この小説は作者のデビュー作「空飛ぶ馬」の主人公が登場する。僕も途中で読んでない作品があり、それでも十分楽しめるとはいえ、その辺りの経緯を含めて説j名すると長くなるので、内容については出版社の紹介分を読んでいだたいた方がいいかもしれない。
>>>芥川の「舞踏会」の花火、太宰の「女生徒」の“ロココ料理”、朔太郎の詩のおだまきの花……その世界に胸震わす喜び。自分を賭けて読み解いていく醍醐味。作家は何を伝えているのか――。編集者として時を重ねた《私》は、太宰の創作の謎に出会う。《円紫さん》の言葉に導かれ、本を巡る旅は、作家の秘密の探索に――。>>>
僕なりに一言でいうと、「小説の醍醐味を凝縮した小説」と言えるかもしれない。

小説は役に立たないものかもしれない。本好きを自認するビジネスパーソンの中には、小説を毛嫌いする人がいる。ビジネス本やノンフィクションじゃないと「役に立たない」と思っているようで、まあそれはそれでいいだろう。

しかし、仕事がいかにうまく言っていても、生きていく上での壁はまたさまざまだ。そういう時に、小説は存在している。さまざまな時代の、さまざまな地域の、さまざまな人の生き方をストーリーによって体感することで、人生の多様性を知る。

それは、今の自分を見つめ直して相対化してくれるし、壁だと思っていものがそうでないことに気づく。

逆説的だが、小説はある意味で「役に立つ」のかもしれない。ただし、そういうことだけを求めて読む人に何かも恵みがあるかはわからないのである。
そして、作者の北村薫は小説というものの意味を、かつてこんな言葉で語っている。
「小説が書かれ、また読まれるのは、人生がただ一度きりであることへの抗議だと思います。」

一度きりの人生でありながら、その価値を膨らませてくれるのが小説だ。もちろん、映画だってそういう面はあるが、想像の自由なぶんだけ、その膨らませ具合が読み手次第となるのが小説だ。

この小説の一番の問題点は、文学の世界に引き込まれるあまり、会社を辞めたくなる、というか僕の場合は既に辞めているので「いまの仕事辞めて、文学部に入り直したくなる」ことかもしれない。

ちなみに、小説中に出てくる芥川・太宰の両作品は未読だったが、kindleの電子書籍をダウンロードしてすぐに読める。両方とも、全作品を網羅して200円!
こちらは年代順に収録されていて、太宰治が16歳の時に書いた習作「地図」から始まる。琉球王朝を舞台にした小品だが、習作とはいっても完成度は高く、その後の変遷などを読むのもなかなかに楽しい。

ちなみに、このような全作品収録は複数あって、タイトルの五十音順収録のものもあるが、個人的にはこの年代順のこのシリーズが好きだ。作品を探すのは検索機能ですぐ見つかるが、「時代を追って読む」というように整理されている本は少ない。

このあたり、電子書籍のよさが活かされていておもしろい。北村薫の作品もいいが、この大全もいいと思うよ。